奇正之變、不可勝窮也、如循環之無端、孰能窮之。
奇正の変は、勝(あ)げて窮むべからず。
循環して端なきがごとし。たれか能くこれを窮めん。
「奇」と「正」の変化は無限に存在する。
循環し、終わりがないようなものだ。
誰がそのすべてを極め尽くせようか──
1. 「奇と正」は固定形ではなく“変換関係”
正がいつまでも正であり続けることはない。
奇も、繰り返せばいずれ正になる。
重要なのは、変化させ続ける設計と、入れ替えの呼吸。
2. 「循環」は支配ではなく“自在性”の証
真の知略者は、正と奇を交互に回す。
その動き自体が“支配構造”になる。
固定戦法ではなく、変化する磁場そのものが武器である。
3. 相手が「パターン化」を望んだ瞬間に崩せ
人は常に理解と分類を求める。
だがそこにこそ油断が生まれる。
読まれたと思わせて、次で裏切る──
それが奇正循環の真骨頂。
正攻法と奇襲の流れを循環せよ。パターン可を読まれるな。
正と奇の“入れ替え”を自在に回せる者は、読まれた後に勝つ。
戦術も、構築も、言葉も、手段も──
固定すればそれは「正」になり、読まれる。
だが、「奇」に変えてまた「正」に戻し、さらに捻る。
この変換を続ける限り、構造は死なない。
読まれたら終わり、ではない。読ませてから勝てばいい。
掴めない、掴ませない、掴まれない。
正と奇を織りなす際の心構えである。
この節が教えるのは、「型ではなく変化こそが戦術の核」であること。
魔晄炉的兵法において、「正と奇」は状態ではなく運動そのものである。
読まれるな。読ませて崩せ。
変化とは、止まらぬ支配の術である。